同人女のぼやき

腐女子やめられない

吹っ切れたかもしれない

推しカプの話をもう半年も書いてないけど、焦りとかは特にない。考えることもほとんどなくなった。同カプの人にイライラしてた気持ちも嘘みたいになくなって、スッキリした。

同人のモヤモヤから解放されるのは書けなくなった時だろうなと思ってたけど、本当にそうだった。相変わらず人の話は読めないけども。

未練なく感じてるのは、まだ公式を好きでいられてるからだろうな。

同人のモヤモヤが無くなったから、Twitterで公式情報だけ集めるアカウント作っても大丈夫そうかな、なんて思ったけどどうせまた落ち込むのでやめる。


二次創作、特に腐関連でやって思ったのは

書き始めると自分の解釈が固まり、ますます人の作品が読めなくなる

推しカプが同じだからといって、解釈や価値観まで同じではない。同カプ=仲良くなれる、のは稀なこと。

作品がソシャゲの場合、課金額等でのマウントがある。

Twitterで相手の日常や生活水準がみえ同人以外のことでも比較する

いいねブクマなど、数字に苦しむ

特に私は創作以外の部分でも、相手の嫉妬と妬みがひどかったので、そんな自分を見せないためにTwitterしなかったのは正しかったな。本来こういう悩みは思春期で終わらせておくものなんだと思うけど、いい歳して妬んだり羨んだりしてた。自分にこんな感情あるんだって少しびっくりした。

Twitterやってたときは、とにかく趣味の話ができる人が欲しかったんだよな。だから交流も楽しかった。今は特に友達欲しいみたいに思わず、自分が作品から感じた気持ちとかをメモアプリに書き込んだら落ち着くし、話せる人が欲しいと思う余裕がない。というか綺麗な文章を書く元気もないほど疲れている。体力もなくなりアクティブではなくなったってだけかもな。

つまり私が周りについていけないという。

この前、比較的感染状況の落ち着いている時の平日に映画を観に行ったんだけど、1人で見にきてる人も多くて、なにも必ず友達作って一緒に行く必要ないんだなとか改めて思った。ようは自分ペースで楽しんだらそれでいいんだ。


思えば前のジャンルのTwitterアカウントにログインできなくなった事故から、Twitter依存に気付いてやめて楽になった後に、二次創作の悩み、Twitterで宣伝するとか、またあの空間に戻るのか?という悩みが出てきたのであの事故は起こるべくして起きたのかも、と思えるまでになった。

きっとこの事故がなければ今もTwitterの中で騒いでたと思う。

しかも、同人について悩み出したのが転職した頃あたりの話で、今回ちょうどその仕事を辞めるんですよね。それと同じ時期にふっきれる、というタイミングに、一緒にいろんな重荷が取れたみたいに感じる。大げさに言えば運命みたいでは?

吹っ切れるのに5年近くかかったけど、かなり長い時間を使った勉強だった、ということに受け止めておく。役に立たなさそうだとしてもな。


好きという気持ちを自分の中で大切にしていきながらやっていきたいね。